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東京高等裁判所 平成5年(う)104号 判決 1993年5月26日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

原審における未決勾留日数中一〇日を右の刑に算入する。

押収してある覚せい剤一袋(東京高裁平成五年押第三五号の1)を没収する。

被告人から金四万五〇〇〇円を追徴する。

理由

本件控訴の趣意は検察官寺尾淳作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は弁護人花輪弘幸作成の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  所論は、原判決は、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」という。)一七条一項の必要的追徴の規定は、薬物犯罪の犯罪行為により得た財産若しくは当該犯罪行為の報酬として得た財産である不法収益について没収することができないときに適用をみるところ、右の犯罪行為により得た財産とは、薬物犯罪の犯罪行為を行い、その行為の定型的な結果として犯人が取得したものをいうのであって、覚せい剤の譲渡事犯にあっては、営利の目的を有する譲渡行為によって得た対価としての金品に限られ、本件のような営利目的のない譲渡事犯の譲渡代金は、犯罪行為の報酬として得た財産に該当するか否かが問題となるが、それが報酬である以上、利得性のあるものを指すと解するのが相当であり、利得性の明らかでない本件においては、被告人が収受した四万五〇〇〇円相当額は必要的追徴の対象とはならない旨判示し、原判示第一の犯罪行為についての不法収益である譲渡代金四万五〇〇〇円相当額の追徴についてその旨の言渡しをしなかった、しかし、薬物犯罪による不法収益等を確実にはく奪することにより薬物犯罪の主要な要因を除去するという麻薬特例法の目的、同法二条がその趣旨に基づき、同条二項五号で、営利目的の有無にかかわらず、覚せい剤譲渡事犯を同法が対象とする薬物犯罪の一つとして規定するとともに、同条三項において、その薬物犯罪の犯罪行為により得た財産はすべて不法収益に当たる旨規定していることなどからみても、営利目的の有無は問題とされないことが明らかであって、覚せい剤譲渡事犯においては、営利目的の有無を問わず、譲渡覚せい剤の対価として受領した譲渡代金であれば、すべて薬物犯罪の犯罪行為により得た財産として同法一四条一項一号により当然没収されるべきところ、本件においては、被告人が右受領代金をその後費消し、右現金あるいはその転換財産の現存が確認することができないため、不法収益又は不法収益に由来する財産として没収することができない場合に当たり、同法一七条一項の規定に基づき、被告人に対して金四万五〇〇〇円を追徴する旨の言渡しをすべきであったのに、これをしなかったのは法令の適用を誤ったものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

二  そして、記録によると、原判決は、被告人が、原判示犯罪事実第一のとおり小林信義に対して原判示覚せい剤を譲渡し、その対価として同人から現金四万五〇〇〇円を受領したこと及びその後これを費消したことを認定しながら、所論のとおりの理由により、右譲渡代金相当額について追徴の言渡しをしなかったことが明らかである。

三  そこで、原判決の右判断の当否について検討すると、所論も指摘するとおり、麻薬特例法二条二項五号は、覚せい剤取締法四一条の二の各罪を営利目的の有無を問わずすべて薬物犯罪とし、また、薬物特例法二条三項は、右薬物犯罪の犯罪行為により得た財産を不法収益とする旨規定していてそこには何らの除外もないこと、これらの規定及び薬物犯罪による不法収益等をはく奪することにより薬物事犯の主要な要因を除去するという同法の趣旨、目的などにかんがみると、本件のような覚せい剤譲渡事犯については、営利目的や利得性の有無を問わず、譲渡覚せい剤の対価として受領した譲渡代金は、すべて薬物犯罪の犯罪行為により得た財産となり、しがって、同法にいう不法収益となるものと解するのが相当である。

原判決は、薬物犯罪の犯罪行為により得た財産とは、犯罪行為の報酬として得た財産との対比上、薬物犯罪の犯罪行為を行い、その行為の定型的な結果として犯人が取得したものをいうのであって、本件のような覚せい剤譲渡事犯の場合は、営利目的を有する譲渡行為によって得た対価としての金品がこれに当たり、営利目的を有しない譲渡行為のそれは、薬物犯罪の犯罪行為の報酬として得た財産に当たる場合があるにすぎない旨判示するが、原判決の右見解は前記麻薬特例法の規定に照らして是認することができないばかりでなく、所論も指摘するとおり、覚せい剤取締法四一条の二第一項は、有償譲渡の場合を当然予定しているのであるから、有償譲渡の場合の譲渡代金が原判決のいう犯罪行為の定型的な結果として犯人が取得したものと言わざるを得ないことを考えると、営利目的事犯の譲渡代金だけが「犯罪行為により得た財産」に当たると解する根拠に乏しい上、譲渡代価という同じ性質の取得財産を、営利目的の有無により、一方を犯罪取得財産、他方を報酬として得た財産と区別することも不自然であって、これらの点からも原判決の見解は首肯することができない。

したがって、原判決が原判示犯罪事実第一の譲渡代価相当額について追徴の言渡しをしなかったのは法令の解釈適用を誤ったものというべきであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

四  よって、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により被告事件について更に判決する。

原判決が認定したとおりの罪となるべき事実に、原判決どおりの法令を適用(累犯加重及び併合罪の処理を含む。)し、その処断刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一〇日を右の刑に算入することとし、押収してある覚せい剤一袋(東京高裁平成五年押第三五号の1)は原判示第三の罪に係る覚せい剤であって犯人の所有するものであるから、覚せい剤取締法四一条の八第一項本文を適用してこれを没収することとし、被告人が原判示第一の犯行により取得した現金四万五〇〇〇円は麻薬特例法一四条一項一号の不法収益に該当するから、被告人より没収すべきものであるが、既に費消されて没収することができないから、同法一七条一項を適用してその価額を被告人から追徴することとし、刑訴法一八一条一項ただし書を適用して原審及び当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡田良雄 裁判官上田幹夫 裁判官阿部文洋)

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